生活をおもしろがる
なぜそこに恐怖を感じるのか。それは、私自身が自分の屈折した部分に「食わせて」もらってるからだ。
今まで自分が受けてきた嫌なことや、ストレス、怒り、不満などによって私はいつか屈折した考え方をするようになった。しかし、そこから生まれたアイディアを原動力にものを作ってお金を稼ぎ、ご飯を食べているという部分もあるにはある。
〜(略)〜
たとえば私がいま何をしても気持ちよく、健康で、お金もあって、不自由なことなど一つもない暮らしをしているのであれば、表現なんてしなくても全然いい。
生きづらさを緩和するために表現するのだし、マイナスがあるからプラスが生まれるわけだし、陰があるから光が美しく見えるのである。不満がなくなり、全てのことに満足したら何もしなくなってしまうだろうなといつも思う。
だから、逆に不満や不調をなるべくたくさん、自分の心や体が崩壊しないギリギリラインで保持しておきたい。眼鏡やコンタクトをつけるストレスでさえも、私の仕事の活力になり得るのだ。
―星野源著「生活はつづく」より―
負のエネルギーをプラスに変える力を持っているといえばシゲちゃんもそうだなと思う。
私は正直ネガティブな気持ちになるのが苦手だ。
だから、はなからそういう気持ちは持ってないかのように自分自身に言い聞かせ誤魔化してなかったことにしてしまう。
ネガティブな気持ちに溺れちゃうのが恐いんですよね。飲み込まれてしまいそうで。
だから大丈夫なふりをしてしまう。そんなんだから周りにポジティブな人間だと言われることも多いのです。
本当はそんなにいつも元気なわけじゃないのに。
でも、シゲちゃんはそのマイナスだと思われる感情をも原動力にしてる。それがほんとすごいなぁといつも思うのです。
シゲ担になって変わったことのひとつに私が苦手としていた感情に私自身少しずつですが向き合えるようになったことがあります。
表に出すのが苦手だった負の感情。きっといままで自分がみたくないと、目を伏せていたこと。
そうやってふだん逃げてるからこそシゲちゃんの言葉やインタビュー記事で深く深く考えさせられるのかもしれませんね。
そういう感情もシゲちゃんは丁寧に消化しているなと思うのです。
- 作者: 星野源
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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星野さんのエッセイ読んだんですが、非常に面白くて。
私は休憩時間や通勤途中の電車で読んでたのですが、仕事中も早くつづきが読みたくて。わくわくした気持ちで一気に読んじゃいました。
読んで思ったんだけど…
ひとりっこってやっぱヘンだと思う!(キッパリ)
それは私もひとりっこだからこそ言えることなんだけども(笑)
ひとりっ子だった私は客観性がない分、真っ直ぐに全身で受け止めるしかなかった
っていう星野さんの言葉になるほどなーと思いました。
ひとりっこって比べる相手がいないからどうしても自分のルールで生きてしまってるところがあって、だから周りとズレたところがあるのかもしれないですね。
ふだん自分がひとりっこって意識することないけど、そうやってひとりっこの人の話をきいたり、それこそテゴシゲみてたら、こういうところひとりっこぽいなと共感する部分がやっぱりあって。
ふと自分もそう見られてるのかな〜とかって気づかされたりするのです。
あと余談ですが、星野さんってAB型のひとりっこなんですね。私もAB型のひとりっこだからなおさら親近感が沸いちゃいました!!
それから星野さんのこの言葉、
でも私は、生活というものがすごく苦手だ。
昔から、この劣等感の塊のような自分から逃げたいと思っていた。だからそんな自分を忘れさせてくれる映画や芝居、音楽やマンガなどに夢中になった。しかし夢中になればなるほど、その逃避の時間が終わって普通の生活に戻る瞬間、とてつもない虚無感に襲われた。でも当たり前だ。逃げているだけでは自分は変わらない。
そこで私は、その逃避できる世界を作る側に回りたいと思った。演劇に夢中になり、役者をやったり脚本を書いた。音楽に夢中になり、楽器を練習して歌を歌った。物書きに憧れて、誰に見せるわけでも小説を書いた。やがてその中のいくつかはいつの間にか職業になっていた。
なんかいいなーって思いました。
そういう思いを抱えてるから自分が作る側に回りたいと思った、と。だから星野さんの言葉って聴いててぐっと響くのかもしれないですね。
それにしても星野さんの文章って面白いだけじゃなくて、なぜだか勇気をもらえますね。
ほんとダメダメなんだけど、それが愛おしいというか。
私はキラッキラしたものをあたかも素敵でしょ?って見せられても正直萎えちゃう人間だから。